負の感情はどこに行くのか


ツイッターもインスタも知らなかった時代が
あるなんて信じられない
きっと無くても生きていけるけど
あったほうが便利なものばかりで
本当は何が必要で、何を信頼していいか
分からなくなるのは当然だと思う

私のツイッターのアカウントは
なぜか何千人のフォロワーがいて
私がそこで独り言を言えば、
見知らぬ人にいいねをもらったり
見知らぬ人に批判されていたりする

ツイッターにいる私のことを、私の家族も身近な友人も私だとは思わない。
インターネットで始まった関係であるから、
インターネットでアクションして
インターネットで終わるのが必然的だから。
現にいま、私はインターネットでこのことを
言っているし。


じゃあ彼らは

彼らはインターネットに住む架空の人物ではなくて
名前も、顔も、話すことも、気持ちも、
彼らはインターネットに住んでいない本当の私と同じ



彼らを批判する人は、人ではない
インターネットに住む
名前も顔も話すことも心も全部どこにも無い


じゃあ、この関係はどうやって展開するか
展開はしない
批判は一方向に彼らの心を傷めるだけ。
リアルだけが損をするのがバーチャルリアリティ


負の感情は優しくて傷つきやすい人のもとへいく